
次に引き継がれたのは、土亭・李之函先生という県の監督に任命された気哲学者でした。
この先生は、当時まだ食料も経済も豊かではなかった朝鮮中期の時代(今から400年前)に、民の生活を豊かにするために穀物を保存する建物を土で作ったり、
商業を起こし生活する術を伝授したり、商売で儲かったお金を裕福でない民に分け与えたりと様々な事に尽くされたのです。
更に、中国から伝わる周易という学問から秘伝を収集し、それを韓国の民に分かり易く解説したものをまとめ上げました。
現在でも新年に必ず一年の運勢を占う韓国特有の『土亭秘訣』として最も親しまれています。
土亭・李之函先生の死後、霽山先生の命理学が加わりました。
霽山先生は2000年に亡くなられましたが、この時代の最高峰の命理学者で、一生を通して命理を悟るために修行され、
更に儒教・仏教・仙教に渡る学問的探求をし、真髄を極めた先生です。
今から約40年前の先生が結婚して数ヶ月後しか経たなかったある日、「自分は山に行く。終わってもいない研究をそのままにはできない。私をそっとしておいて欲しい。」
と言い残し、韓国では一番戒律の厳しいと言われる海印寺にこもられました。
頭を剃らないものがそのような厳しいお寺に長く留まっているため、知らぬ間にさげすみを受けてしまいました。
そんな最中、そのお寺で殺人事件が発生したのです。20代半ばの女性の死体が発見されました。
管轄であるハプチョン警察署では、毎日のようにお坊さんの取り調べが続きました。
しかし犯人の目星が経たず暗礁に乗り上げようとしていた時、忽然と「この事件を解決する」と言い出した人物がいました。
まさに霽山先生です。但し、先生は条件を一つ出されました。「総務のお坊さんが正装をし、恭しく丁寧に参拝を三度しなければならない。
参拝後そのお坊さんが紙と筆と墨を用意し私にそれを渡して下さい」というものでした。
すると、その筆で事件の解決策を書くというのです。何の手がかりも無く焦っていた警察はその傲慢な要求を受けるしかありませんでした。
そして、その渡された筆で書かれた言葉が次のものだったのです。「一木掌天 木子之行」解釈すると
「一つの木で空を支える。木子、すなわち李という苗字を持つものの仕業だ」と言う意味。
「一つの木で空を支えると言うのはつまり大工のことを示す。その大工の中でも李という性を持つ人が犯人」という意味でした。
大工といえば、事件の一ヶ月前にお寺の補修工事で大工たちが留まったことが思い起こされた。
すぐさま各地方に戻っていった大工の中から李という性を持つ大工をソウル市に居ることを突き止め尋問すると、
アリバイを追跡する過程でついにその李という大工が自白したのです。
亡くなった女性は大工と付き合っていたが、心変わりの兆しが見える恋人が海印寺を訪ねて来たのを見て、つい衝動的に殺害したのでした。
この事件解決の名声はその一体に広がり「海印寺に天才的な鬼才が現れた」と口コミで伝わり霽山先生に会おうとする人々が後をたたなかったようです。
その後も、研究も勿論ですが、次々に予測や予言をして多くの救いを求める人々のために一生を費やされました。
このような生活の中で一番優秀な弟子にその称号が与えられ、「世を惑わすような愚を冒さぬようにくれぐれも気をつけ、勉学と修練に全力を尽くし、法をしっかり見ること」
という警告を加え病気のため亡くなられました。
このようにして、現在の丁厳先生へと引き継がれたのです。
丁厳先生は代々受け継がれた各先生方の教えを守り続けられています。
更に宇宙の陰と陽の学問を取り入れられ、それが、現在の『身数』となったのです。『丁厳身数秘訣』としてこのサイトのメインとなるものです。
現在日本では、通常の占いの的中率は平均で十数%くらいと言われていますが、この身数では75%〜80%の的中率を誇っています。
また、的中率だけでなく、監修者・丁厳先生は先代の教えを守り、毎朝2時間の身体のお清めと精神修養が欠かせないと言われています。
ただ的中率だけに頼ることなく、占い鑑定をする先生の『気』も常に清められているという事も、丁厳先生の鑑定に対する真剣さ・人間性が伝わってきます。