
94年大阪の某会社会長の身数鑑定で、今持っている大阪から南西の不動産を即売り払う事を強く勧められました。
実際に神戸市に70余りのビルを所有し、事業は利益も出ておりました。しかし、会社役員達に猛反対され売却されませんでした。
そして翌95年1月、神戸大震災が起こり所有していたビル全てが崩壊してしまったのです。
被害総額は1億円を超えたそうです。その後は、役員全てが何らかの節目になると、丁厳先生の元を訪れ鑑定を依頼されるようになっています。
また、94年の東京で鑑定活動・公開講義をされている時、北朝鮮の金日成主席の運勢を見て、『もうすぐ死亡するはずだ』と公言されました。
更に具体的な死亡日までをも1994年7月7日か8日だと示されたのです。
当時その場にいた人は丁厳先生に相談を受けていた東京のあるホテルの会長や別府の温泉ホテル会長など、お弟子さん方がいましたが、
その驚く事実に対しまさかと疑わざるを得ませんでした。
それもそのはず、金日成主席は当時、歴史的な南北首脳会談を控え、マスコミなどで元気な姿を見せていたので、誰も2ヵ月後に死を迎えるとは想像さえ出来なかったのです。
時が経ち、1994年7月9日の12時頃テレビを通じて金日成主席が昨夜(7月8日午前2時)急病で死亡したという緊急速報が放送されました。
極少数で易学者が1994年金日成主席の死亡予言をした事がありますが、具体的な日までを予測、当てた人は唯一丁厳先生だけでした。
その正確に的中する驚異的な予言を会長を通じて知らされた朝日新聞やKorea Reportなどがインタビューを申し出ましたが、
混乱と神秘感だけをけしかけるとの思いから、全てのインタビュー要請を断られました。
更に、2002年の事、韓国某市の市長選挙の立候補者から当落予測の依頼を受けました。丁厳先生の予測結果とアドバイスは、
『当選は可能だが、当選しても任期中に引退するようになる事故が起こるので、出馬は諦めた方が良い』という内容でした。
更に、『霜が降りる時期に事件が起こり、それは金銭問題になるはずだ』と具体的に警告しました。
実は当時、政治基盤が微弱なその立候補者の当選を予測した人はほとんどいませんでした。
しかし、任期後のことまで考える余裕がなかったのか、その市長は出馬を表明してしまいました。
仕方なく丁厳先生は、予備選挙で勝てば本選挙での当選は確実であるが、予備選挙で勝っても3%差以内なので最善を尽くすべきだと助言されました。
結局相手候補と予選選挙で12票差という近差で勝利し、市長選でも当選しました。
しかし、翌年12月16日、資金と関連したスキャンダルにより人気を満了することなく拘束されるという、まさに予言通りになってしまいました。
その後、その市長の運勢鑑定を再び行い、市長の補佐官を通じて獄中に書信を送りました。
『天命不知者 莫呼君子(天命を知らない者をどうして君子と言えようか)』という親筆新書を送り、全ての権力と名誉をすてないと命の危険が迫るという事を警告したのです。
その後、緊急速報で拘束収監中だった市長がひどいプレッシャーと挫折感に負け、獄中自殺したというニュースが流れたのです。
緊急ニュースを聞いた丁厳先生は『もう少し早めに強く忠告したら、死を阻む事が出来たのに』と残念に思った事が今でも忘れられないそうです。
このように、鑑定・相談・アドバイスを親身になってされている先生ですが、これ程までに正確な予言や予測をされるのは丁厳先生だからこそ成せるのでしょう。
韓国では、毎日数多くの相談者が訪れ、またHP上においても鑑定活動でお忙しくされています。
しかし、丁厳先生のお師匠であった霽山先生は亡くなる前に丁厳先生に、言い残された事があるのです。
『今まで私も様々な苦しんでいる人の力になりたいと懸命に頑張ってきた。しかし、どんなに頑張っても全ての悩み苦しんでいる人々の鑑定を行う事は出来なかった。
今までの一対一でのやり方にこだわらず、とにかく多くの人々の力になれる方法がこれからの時代にあるはずだ。
少しでも多くの困っている人々を助けてあげて欲しい。』とおっしゃり、亡くなられたそうです。
そこで、丁厳先生も少しでも多くの人に幸せになってもらいたいとの気持ちから、来日は難しいものの、
2005年から再び日本での活動をインターネットを通じて開始され始めました。それが、このikundaを通じて可能になったのです。
丁厳(雅号:ジョンアム)南勇熙(ナムヨンヒ)先生![]() |
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| 講義中の丁厳先生 | 忙中閑を楽しんでいる姿 | 推命中の丁厳先生 |